試合会場の中で一際、盛り上がりをみせる会場があった。
これまでのどの試合よりも大勢の観衆が集まっている。「とうとう、この時がきたな。
まあできればおまえとは戦いたくなかったよ。これからも一緒にいられると思ったのにさ」宇随は肩を落とし、残念そうにガックリとうつむいた。
「私だって、宇随さんとはやりたくなかったです。
でも、私も負けるわけにはいかないので、手加減はしません」雛の瞳に、もう迷いはなかった。
力強い眼差しを宇随に向ける。「へへっ、望むところよ。俺だって手加減しねぇ」
宇随に笑みが戻ったと同時に、雛も自然と笑みがこぼれていた。
しばしの静寂のあと、審判の声が響く。
「試合、はじめ!」
「じゃ、俺から行かしてもらうぜ」不敵に笑った宇随の姿が、皆の視界から消えた。
実際に消えたわけではないが、彼のスピードが速すぎてそう見えてしまうのだ。しかし、雛の目には彼の姿はちゃんと捉えられていた。
雛に向かって宇随が刀を振り下ろす。が、そこにはもう雛の姿はなく、宇随は気配を探った。
「そこかっ!」
振り向きざまに刀を振ると、雛の刃と交わった。
弾き返された雛は宇随から距離を取る。今度は雛が消え、追うように宇随も消える。
二人の刀が交わる音と、交わる時にだけ微かに現れる二人の姿。
観衆たちは二人の姿を捉えることができず、ただ試合の行方を見守ることしかできない。その観衆の中に、神威の姿があった。
彼も他の区画で試合を行っていたが、もう既に決着は着き、二人の試合を見物しに来た。
いつものように、神威にだけは二人の動きが全て見えていた。「大変――興味深いな」
ふいに隣から声が聞こえ、神威はそちらへ視線を送る。
「あの二人、是非我が隊に欲しい。もちろん君も」
そう言って微笑むのは、最初に挨拶をしていたリーダーらしき人物、伊藤
合格した六人は、これから拠点となる屋敷へと連れていかれた。 とても広く大きなお屋敷に皆が目を丸くする。 大きな門をくぐると、そこには広大な敷地が広がっており、天気のいい日は外で稽古ができそうな程だった。 奥の方には立派な玄関が構え、その向こうの大きなお屋敷へと続いている。 屋敷の大きさから、中も相当広いことが予想できた。 試合会場となっていたところとかなり似ている。もしかして、提供している人物は同じなのかもしれない。 距離も先ほどの所から、そう遠くはなかった。 こんな豪華な屋敷に住まわせてもらえるのかと、驚きと喜びがないまぜになった瞳で皆はお屋敷を眺める。「ここは、私の主である黒川様に用意してもらった。 黒川様はこの隊を作られたお方だ。 皆が訓練に集中できるようにと考え、配慮されたのだ。 いずれ会う機会もあるかもしれないから、心しておくように」 「はい!」 伊藤を先頭に、一同は整列し屋敷の中へ入っていく。 屋敷内を回りながら、伊藤がそれぞれの部屋を案内をしていった。 一通り説明し終えると、伊藤は皆に向き直った。「これからここで、皆には寝食を共にしてもらう。お互い信頼関係を築き、連携を大切にするように。 また、稽古や訓練に励み、さらに剣術の腕を磨くように。そして、黒川様の命が下ったときは、君たちの出番だ。 それまでは、ここで精進すること、以上!」 「はい!」 皆の緊張感が漂う中、伊藤の表情が緩んだ。「……まあ、今日は合格祝いと親睦会も兼ねて、宴会を開こうと思っている。それまで自由時間だ。 今日はご苦労だった、解散!」 伊藤はそれだけ言うと、皆に背を向け去っていく。 残された者たちは互いに顔を見合わせた。「宴会だってさ、楽しみだな」 「俺疲れたから寝てくるわ」 「僕は町へ行ってくる」 それぞれの自己紹介が済んだあと、皆思い思いに散らばっていった。 宇随は雛を誘おうとしたが、
「宇随さん、どうしますか? 降参します?」 雛は今までの戦いでは味わえなかった高揚感に満たされていた。 雛の中に眠っている剣士の血が騒ぐ。 こんなにワクワクしたの初めてだ。「誰に言ってんだ? 宇随様をなめるな!」 力を振り絞り、宇随は雛に猛攻撃をしかける。 雛はそれを楽しそうに受け流していく。「くそっ」 雛の隙を突きたい宇随は、懸命に雛の弱点を探していく。しかし見つからない。 宇随は悔しそうに呻いた。「俺はこんなところで負けられねえ……負けてたまるかあ!」 渾身の一撃を放つ。 打撃は与えられなかったが、初めて雛をわずかにかすめた。「へへっ」 宇随が嬉しそうに笑うと、雛の口の端が上がった。「いいですね、まだまだ楽しみましょう」 この戦いを楽しんでいる雛を見て、げんなりした宇随がつぶやく。「……嫌味かよ」 そして再びお互いの刃が交じり合うと、歓声が沸き起こった。「もう無理! 降参っ!」 宇随が地面に大の字に寝ころび、叫んだ。「え? もう? もっと楽しみましょうよ」 残念そうな雛を見て、宇随はさらにげんなりした。「おまえ、マジで化け物だな……。もう勘弁してくれ」 宇随の体力はもう限界だった。 これ以上やっても雛に勝てそうにないと判断した宇随は、降参することを選んだ。 宇随がいくら必死に攻撃をしかけても、打撃を与えることができない。 かすめることはできても、それでは相手のダメージになっていなかった。 雛の攻撃を頑張って避けてはいたが、全ては避けきれない。ダメージが蓄積されていく。 雛の一撃はかなりの威力がある。それが重なり、体は既に悲鳴を上げていた。 宇随はこれほどの剣士に会ったことがなかった。 いや、神威、あいつなら雛と互角にやりあえるかもしれない。 だが、それも予測だ。
試合会場の中で一際、盛り上がりをみせる会場があった。 これまでのどの試合よりも大勢の観衆が集まっている。「とうとう、この時がきたな。 まあできればおまえとは戦いたくなかったよ。これからも一緒にいられると思ったのにさ」 宇随は肩を落とし、残念そうにガックリとうつむいた。「私だって、宇随さんとはやりたくなかったです。 でも、私も負けるわけにはいかないので、手加減はしません」 雛の瞳に、もう迷いはなかった。 力強い眼差しを宇随に向ける。「へへっ、望むところよ。俺だって手加減しねぇ」 宇随に笑みが戻ったと同時に、雛も自然と笑みがこぼれていた。 しばしの静寂のあと、審判の声が響く。「試合、はじめ!」 「じゃ、俺から行かしてもらうぜ」 不敵に笑った宇随の姿が、皆の視界から消えた。 実際に消えたわけではないが、彼のスピードが速すぎてそう見えてしまうのだ。 しかし、雛の目には彼の姿はちゃんと捉えられていた。 雛に向かって宇随が刀を振り下ろす。が、そこにはもう雛の姿はなく、宇随は気配を探った。「そこかっ!」 振り向きざまに刀を振ると、雛の刃と交わった。 弾き返された雛は宇随から距離を取る。 今度は雛が消え、追うように宇随も消える。 二人の刀が交わる音と、交わる時にだけ微かに現れる二人の姿。 観衆たちは二人の姿を捉えることができず、ただ試合の行方を見守ることしかできない。 その観衆の中に、神威の姿があった。 彼も他の区画で試合を行っていたが、もう既に決着は着き、二人の試合を見物しに来た。 いつものように、神威にだけは二人の動きが全て見えていた。「大変――興味深いな」 ふいに隣から声が聞こえ、神威はそちらへ視線を送る。「あの二人、是非我が隊に欲しい。もちろん君も」 そう言って微笑むのは、最初に挨拶をしていたリーダーらしき人物、伊藤
確かに、雛は宇随と一戦交えたいと思った。 しかし、それはこの試合ではない。 トーナメント戦で一度でも負ければ、それは不合格を意味する。 神威と宇随にだけは、当たりたくなかった。 一緒に新しい世をつくっていくメンバーになりたいと強く思っていた。 二人とも実力と人格ともに申し分ない。 これからの世の中に必要な人たちだ。それを雛は誰よりも強く感じていた。 ここで宇随が不合格になることを、雛は望んでいない。 ――しかし、ここで負けるわけにはいかない。 雛がボードの前で立ち尽くしていると、後ろから宇随が声をかけてきた。「こうなっちまったもんはしかたない。 雛、手加減なんかするなよ。正々堂々と行こうぜ! どっちが勝っても負けても、恨みっこなしだっ」 宇随が笑顔を向けてくる。 その微笑みに、雛は少し心が軽くなるのを感じる。 しかし、それと同時に、どうしても宇随との戦いに前向きになれない自分がいることも、雛は自覚していた。 試合開始まで雛はベンチに座って一人考え込んでいた。 宇随はこれまでの者たちとは格が違う。 手加減して勝てる相手ではない。 しかし、宇随相手に本気で戦うことができるのか……。 そこへ、神威が近づいてくる。 何も言わず、彼は雛の隣に静かに腰を下ろした。 そのまま神威はしばらく黙り込んでしまう。 雛は少々戸惑いつつ、神威の様子を覗うようにそっと横目で見た。「迷っているのか?」 「え?」 突然そう問われ、雛は驚いて神威の方へ顔を向ける。「高橋宇随のことだ。 おまえたち仲が良いだろ? だから悩んでいるのかと思ってな」 私の方は見ず、まっすぐ前を見つめ淡々と話す神威。 心配してくれているのだろうか。 雛はなんだか嬉しくて、神威に心の内を話してみたくなった。 彼なら
試合が終わると、雛はたくさんの人々に取り囲まれる。 皆が雛に称賛の声をかけてくる。 そんな人たちを無下にできず、一人一人に対応する雛。そんな姿に見かねた宇随は雛をその群れから解放すべく近づいてきた。 戸惑う雛の腕を取り、宇随は力ずくで人並をかきわけ輪の外へ飛び出した。「ほんっと、しょうがねえなあ。ほら、行けよ」 宇随は雛の気持ちがわかっているのかいないのか、優しく雛の背中を押した。「あ、ありがとう」 お礼を言った雛は、自分の気持ちに従うように急いで須田のもとへと向かった。 雛は須田と話したかった。 どうしても、あのまま何も言わずに終わりたくはない。 試合のあと、一応念のため治療を受けることになった須田は、治療室へ運ばれた。 しかしあれだけの激しい激闘を繰り広げた割に、須田に傷一つ無かったため、すぐに待機所へと移されていた。 治療隊員には驚かれたが、須田にはわかっていた。 傷がついていない理由。「斎藤さんの、おかげですね……」 そう言って小さく微笑んだ須田は、椅子から立ち上がる。 そのとき、待機所の扉が勢いよく開いた。「須田さん!」 慌てた様子の雛が須田の姿を捉えると、ほっと安心したように微笑んだ。「よかった、まだ帰ってなくて。あの……少しお話いいですか?」 雛の誘いに快く応じた須田は、二人で静かに話せる場所へ移動した。「どうしました?」 須田が優しい笑顔を見せ、問いかける。 雛は気まずそうに視線を泳がし、言葉を選びながら発言する。「先ほどの試合……本当にすみませんでした。あの、もうお体は痛くありませんか?」 申し訳なさそうに眉を寄せる雛に、須田は爽やかな笑みを向ける。「ああ、大丈夫ですよ。 普段から鍛えていますので……それに、あなたが手加減してくれましたしね」 須田が雛の顔を覗き込む。
「ごめんなさい」 雛は須田に素早く強烈な一撃をくらわす。「くはっ……」 今までと比べ、格段に速いその剣さばきに、須田は避けることができなかった。 速さと打撃の威力が今までのものとは比べ物にならない。 雛の攻撃をくらった須田は、その場で膝をついた。 勝負はまだついていない。 どちらかが戦闘不能になるか、負けを認めるまで戦いは続く。 観衆は雛の攻撃に驚き、皆が固唾を呑んで事の成り行きを見守っていた。 まさかここまで雛が強いとは皆、夢にも思っていなかった。 そんな中、宇随と神威だけが試合を冷静に見つめている。 すると、しばらく動かなかった須田が震える体で必死に立ち上がろうとしていた。 その様子を見ていた雛が須田に声をかける。「これ以上、あなたを痛めつけたくはない。どうか負けを認めてください」 須田は歯を食いしばりながら顔を上げると、雛を睨んだ。「先ほど、言ったでしょう……。 僕は、負けるわけには、いかないんだっ」 やっと立ち上がった須田は、先ほどの攻撃でかなりのダメージを受けており、ふらついてしまう。 たった一撃くらっただけでこれほどの威力があることに、須田も驚きを隠せない。 実力の差は明らかだった。 大馬鹿者でないかぎり、須田に勝機はないとわかるだろう。 そんなことはわかっていた。 しかし、どうしてもあきらめきれない、あきらめてはいけない。 母や弟たちが待っている。 その想いが、彼に力を与えた。「僕は、あなたを倒す! 僕は、負けない!!」 力を振り絞り、須田は雛に向かっていった。 雛も、その覚悟に応えるかのように目つきが変わった。 それは一瞬の出来事だった。 雛が姿を消し、次に須田が呻いたかと思うと、雛は忽然と須田の目の前に立っていた。 そして、ゆっくりと倒れる須田を雛は優しく支え受け止めた。 審判が須田の様子を確認しに